いざ琉球王国のグスクへ!~その1~
こんにちは!PRADOです。
気付けば本日から2月になっていました…時が経つのは早いですね。
それだけ公私ともに充実した毎日を過ごしているのか…と思いたいです。
この調子で過ごしていたら2025年もあっという間に終わってしまいそう💦
さて、今回は名古屋城ではなく少し毛色の違う城郭について紹介したいと思います。
琉球王国の城(グスク)
先日、諸用のために琉球王国は沖縄県へ出陣してまいりました。
その際に幾つかの観光スポットへ訪れましたが、その中でも【城(グスク)】は非常に興味深く尾張国の織田信長や徳川家康に所縁のある城とは異なる雰囲気を放っていました。
因みに琉球王国では城という字を【グスク】という読み方をする事に驚きました!
名の由来としては甲冑や馬具などを指す【具足】という字が当てられていて、その起源としては聖域、集落、城館などの各諸説が存在するみたいですね。
世界遺産~座喜味城跡~
琉球王国内には古の城郭跡が幾つかありますが、その中でも今回儂が訪れた場所は【座喜味城跡】というグスク。
三山時代に活躍し、琉球王国を安寧と安定に導いた【護佐丸】という名将によって1416年~1422年の間に築城されたとされるグスクですね。
世界文化遺産の1つに指定されていますが【関連遺産群】という位置付けでこれ単体での世界遺産ではありません。
また、米軍占領下時は日本へ返還されるまで【ナイキミサイル基地】として利用されていたみたいです。

入口には座喜味城跡の文字が刻印された碑があります。


まだグスク内に入る手前の所ですが、儂はこういう碑を見るだけでもメッチャ時間を掛けて見たくなるんですよね…なので全然先に進めない故に時間が足りなくなります💦

碑を後にして先に進むと城門へ続く通路があります。
長い直線の通路、奥の石垣の上から鉄砲隊や弓隊が待ち伏せしていたら、正面から侵入してくる敵兵たちを減らせそうですね。

通路を進んだ先に設置してある座喜味城の歴史についての案内板。
こんなのがあると一生読んでられてしまう儂…今回は時間も限られているため、写真撮影して跡からじっくり拝見させていただきました。
城門と石垣
通路を抜けると目に入るのが城門とその石垣。


広く開けた場所に一本の通路と城門、そして侵入者を威圧する様な立派な石垣!

物凄く綺麗に積まれた石垣、琉球王国内のグスクの中でも座喜味城の石垣が最も綺麗との事、当時の石積技術が高かった事が伺えますね。

座喜味城内への唯一の入口となる城門。
アーチ状の形が特徴的ですね。
このアーチ状の部分には【くさび石】という石材が使用されています。
現在の座喜味城の石垣の大部分は修復により復元されたものみたいですが、この城門部分一体の石垣は当時のままの状態で残されています。
この城門を通過して奥に見えるのが【二の郭】となります。

城門の内部には当時門扉が構えてあったとされる沓摺(くつずり)と思わしき施工が見られますね。

城門内の両方の側壁には門扉を支えていたと思われる窪みの施工跡が見られました。
現在は門扉はありませんが、当時の様子をイメージしながら観覧を楽しんでいます。
座喜味城 二の郭
城門を通過すると二の郭が目の前に広がります。

広い二の郭に出ると目の前には【一の郭】の石垣が左右に広がっています。

後ろを振り返ると先程通って来た城門が…当たり前です💦
二の郭側から見るとこうなっています。
二の郭側にもくさび石が使用されている事が分かりますね。

二の郭に出て少し左を見ると一の郭へ続く城門が見えます。

そしてすぐ左側を見ると一の郭を取り囲む様に続く細い通路があります。
くねくねと曲がった細い通路は敵兵が侵入した際に進路や戦力を分散させたり、混乱を招く様な効果が期待できそうですね。

通路を進むと更に狭くなりつつ下り坂もありました。
迷い込んだ敵兵たちをボトルネックで詰まらせてその隙に攻撃ができそうですね。
時間の都合上、ゆっくり観覧したい思いをグっと我慢してこの先には行けませんでした…。
そして、二の郭を後にして一の郭へ向かいました。
次回へ続く…
まだいろいろと紹介したい内容が沢山ありますが、一の郭の様子については次回の記事にて紹介したいと思います。
儂は城門と一の郭だけでも1日潰せそうな感じでした!
次回、一の郭編もお楽しみに!
最後まで読んでいただきありがとうございました!